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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)14645号 判決

原告 住宅・都市整備公団

右代表者総裁 丸山良仁

右代理人 柴山怜

右訴訟代理人弁護士 上野健二郎

右訴訟復代理人弁護士 田中公人

被告 株式会社日本不動産取引情報センター

右代表者代表取締役 紺野貞雄

右訴訟代理人弁護士 山田齊

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の不動産につき浦和地方法務局吉川出張所昭和五八年一月二一日受付第一三四一号による抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

一  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、住宅・都市整備公団法により昭和五六年一〇月一日設立された法人で、同日解散した日本住宅公団の一切の権利義務を承継したものである。

2  日本住宅公団は、昭和五三年三月三〇日、訴外今泉博英との間で別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)を左記のとおり買戻特約付で売渡す旨の契約を締結し(以下「本件売買契約」という。)、昭和五四年三月二八日同人のため所有権移転登記をするとともに、買戻特約の付記登記を経由した。

(一) 譲渡代金額は四二二二万五八〇〇円とし、一時金四〇〇万円を控除した残額を別紙「割賦金の額及びその支払期日表」記載のとおり昭和五三年三月から昭和八三年二月まで三六〇回にわたり毎月二五日限り分割して支払う(但し、一時金及び第一回割賦金合計金四〇五万八六一〇円は契約締結日までに支払う。)。

(二) 買戻の特約

(1) 買戻権行使の要件 買主が割賦金の支払いを三か月分以上滞納したとき等

(2) 売買代金 四二二二万五八〇〇円

(3) 支払ずみ代金 四〇〇万円

(4) 契約費用 なし

(5) 期間 昭和五三年三月三〇日から一〇年以内

3  訴外黒川勉は、昭和五七年一二月二四日、原告の承諾を得て今泉の右売買契約上の買い主たる地位を承継し、昭和五八年一月二一日本件不動産について所有権移転登記を経由した。

4  黒川は昭和五八年七月二五日が支払期日である第六五回分以降の割賦金の支払をしなかったので、原告は、同人に対し昭和六〇年一一月二五日に本件不動産を買戻す旨の意思表示をした。

5  訴外第一住宅金融株式会社は、本件不動産につき、浦和地方法務局吉川出張所昭和五八年一月二一日受付第一三四一号により抵当権設定登記(以下、「本件抵当権設定登記」という。)を経由し、被告は、これにつき抵当権移転の付記登記を経由している。

6  よって、原告は、被告に対し、所有権に基づき本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3、及び5の事実は認めるが、同4の事実は知らない。

三  抗弁

本件買戻の特約には、仮登記担保契約に関する法律(以下「仮登記担保法」という。)の適用があり、したがってその実行に当たっては同法に定める手続を履践すべきである。すなわち

1  同法一条の趣旨は、同条所定の四要件を充たす契約は、その名称や法律的形式を問わずこれをすべて仮登記担保契約と呼称し、包括的に同法を適用するものと解すべきところ、仮登記担保契約の成立要件は、(1)金銭債務を担保するものであること、(2)担保の目的をもってなされたこと、(3)金銭債務の不履行があるときは、債権者に債務者又は第三者に属する所有権その他の権利の移転等をすることを目的としてされた契約であること、(4)その契約による権利について仮登記又は仮登録のできるものであることである。

そこで本件買戻特約をみると、(1)原告が今泉及び黒川に有する債権は、売買代金債権という金銭債権であり、(2)本件買戻特約は、右売買代金の支払方法を三六〇回の分割払としたことに基づく割賦金債権の支払を担保する目的でなされたものであり、(3)買い主が割賦金の支払いを三か月分以上滞納したときは、原告が買戻権を実行し、債務者に属する本件不動産の所有権を原告に移転するものであり、(4)本件買戻特約は、仮登記ができるものであるから、前記四要件を充たすものである。

2  ところで、本件買戻特約において、原告はたとえ譲受人がその資格を偽る等の不正な行為によって住宅を譲り受けたとき等にも買戻権を行使しうるとしても、仮登記担保法一条は当該契約が金銭債務を担保とする目的以外の他の目的を併有すれば、これによって直ちに仮登記担保契約から除外されるという趣旨ではない。本件においては、原告は買戻権の実行により金銭債権の担保の目的を実現したのであるから、この点からも本件買戻の特約が金銭債権の担保のためになされたことが明らかである。

3  また債権者に債権額を越える価額を有する不動産のいわゆる丸取りを許容することは著しく不合理であり、仮登記担保法はこのような不合理を是正することを主な目的として制定されたものである。したがってその適用範囲は可能な限り広く解するのが望ましく、加えるに原告は私的利益の追及を本来の目的としない公営企業であるから、目的不動産をいわゆる丸取りして債務者や利害関係人の利益を損なうことを極力避けるべきである。それ故このような点からも、本件買戻特約に対して仮登記担保法を適用すべきである。

4  また、そもそも日本住宅公団法施行規則二二条二項及び住宅・都市整備公団法施行規則一八条二項は、譲渡代金債権の保全手段として当該分譲住宅の上に第一順位の抵当権を設定させる旨を明文で定め、右債権保全の第一次的かつ本来的手段は第一順位の抵当権の設定であることを明らかにしている。したがって、代償債権につき不履行があった場合の債権回収の方法は、本来的には抵当権を実行しその競売代金をもって当てることが予定されており、当該住宅自体を返還させることは予定されていない。そして仮登記担保法は、仮登記担保権者と後順位権者ら利害関係人の利害を合理的に調整しようとするものであるから、買戻特約の実行に当たり同法を適用しても、右各施行規則の趣旨と矛盾するものではない。

5  仮に抵当権の実行により、当該住宅が本来原告からこれを譲り受ける資格を有しない者に取得される可能性があるとすれば、原告が競売手続においてこれを競落することも可能であり、また住宅・都市整備公団法は、日本住宅公団法と異なり、住宅事情の改善を特に必要とする地域で健康で文化的な生活を営むに足りる良好な住宅を供給することを目的としており、また住宅・都市整備公団法施行規則一九条は、住宅の譲渡契約の内容として、無資格者の譲り受けを買戻又は契約解除の理由として要求していない。したがって、日本住宅公団時代に住宅困窮者のために建設した住宅を原告が再取得することは、むしろ住宅・都市整備公団法の目的にそぐわなくなったというべきであり、現在では住宅に投資した資金が適正に回収できれば足りる筈である。

6  民法上の買戻は、もともと民法の施行以前に存した年季売買などと呼ばれた古い債権担保の制度を残存させたものであって、不備や不合理な点が多く、取引の安全を害する虞れもあるから、これを債権担保以外の目的に転用することは慎重であるべきである。そして住宅・都市整備公団法施行規則一九条に定める買戻の実行の意義も履行の確保という意味で担保的役割を有するものである。したがって、原告が契約条項の違背に対し買戻により当該住宅の再取得を図るとしても、私的取引の安全と公平及び法的安定性を確保するために、仮登記担保法の定める手続を経るとともに、その実効性は同法の定めるところを限度とすべきである。

7  原告の行う分譲住宅の供給業務が公益性を有するとしても、右はいわゆる非権力関係のうち私経済関係に属するものであるから、特別の法規がない以上仮登記担保法の適用を排除することはできないところ、このような特別法は存しない。

ちなみに、原告は、本件買戻の実行に当たり、譲受人の支払った分譲代金額と、使用料相当額及び違約金の合計額を比較したにすぎず、本件不動産の時価を考慮していないのであり、このような清算金の算出方法は妥当性がなく、被告のような後順位抵当権者の利益を甚だしく損なうものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、本件買戻特約が仮登記担保契約の要件を充たすことは否認し、その余は認め、同2ないし7の主張は争う。

2  原告の反論

(一) 仮登記担保法は、民法上本来債権担保のための制度として予定されていなかった代物弁済の予約等が債権担保のためにも利用されるに至り、規定の整備が要請されたため、仮登記担保契約という法概念を定立して、その効力等を定めたものである。したがって、このような仮登記担保法制定の経緯や趣旨に鑑みると、既に規定が整備されている買戻特約に同法が適用されないことは明らかである。

(二) 本件買戻特約は、仮登記担保契約に該当しない。

(1) 本件買戻特約は、そもそも金銭債務を担保するためでなく、日本住宅公団がその目的を達成する必要上本件不動産を再取得するためのものである。すなわち、同公団は、住宅不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅等の供給を行うこと等により、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として設立された法人であり、右目的を達成するための業務の一つとして分譲住宅供給業務を行っていた。そこで、分譲住宅の譲受人につき、自ら居住する住宅を必要とする者であること等の一定の資格を定め、右資格を有する者に分譲住宅を譲渡することとしたが、譲受人が割賦金の支払を怠った場合の外、同人に右資格がない等当該譲渡が前記目的に沿わないことが判明したときは、右譲渡契約を解消し、譲受人から分譲住宅を再取得したうえ、右資格を有するものに再譲渡することが要請された。そこで日本住宅公団は、右要請を充たすための分譲住宅譲渡契約の締結時に買戻特約を付すことにしたものである。このことは、本件売買契約における買戻権行使事由をみても、割賦金の支払を三か月以上遅滞したことその他これに関連する事由のほか、資格を偽る等の不正な行為によって本件不動産を取得したこと、右不動産の引渡を受けた後正当な理由がなく速やかに入居しないこと、譲渡代金の支払を完了するまでの間に日本住宅公団の承諾をえないで本件不動産を譲渡し、又は賃貸したこと等割賦金債権の担保とは関係のない多数の事由が含まれていることからも明らかである。

なお、買戻の期間には最長一〇年という制限があるため、右期間経過後は割賦金債権の満足を図る外なく、そのため抵当権を設定したものであるから、抵当権が設定されていることをもって、本件買戻特約が債権担保を目的とするものとはいえない。

(2) 仮登記担保契約は、金銭債務の不履行があるときに債権者に当該不動産の所有権の移転等をすることを目的とするところ、買戻特約においては、当該不動産に対する権利の移転は債務不履行時ではなく信用供与時になされるのであり、また、買戻権行使の効果は、所有権の遡及的復帰と原状回復義務の履行であって、通常の債務不履行に基づく解除と本質的に異なるものではなく、すなわち買主の金銭債務の履行に代えて不動産を取得するものではないから、この点においても本件買戻特約は仮登記担保契約に該当しない。

(3) また、仮登記担保契約といい得るためには当該契約による権利すなわち所有権移転請求権を保全する仮登記又は仮登録ができるものであることを要するが、買戻特約は売買契約と同時になすことを要するため、これにつき仮登記をすることができるのは不動産登記法二条一号に該当する場合だけであって、このような仮登記は所有権移転請求権を保全するものではないから、仮登記担保契約の右要件を欠くものである。

(4) 日本住宅公団法施行規則二三条一項は、分譲住宅譲渡の条件として、買主が分譲住宅譲渡契約の条項等に違反した場合日本住宅公団は契約を解除し又は分譲住宅を買戻すことができるものでなければならない旨規定し(住宅・都市整備公団法施行規則一九条一項も同旨)、右契約において可能な限り分譲住宅を再取得しうる法的手段を講ずることを要求しているのであるから、買主に割賦金の不払いその他所定の事由が生じた場合に、日本住宅公団が右住宅の再取得を優先すべきことは当然である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3及び5の事実はいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、黒川は昭和五八年七月二五日が支払期日である第六五回分以降の割賦金の支払をしなかったので、原告は同人に対し昭和六〇年一一月二五日に本件不動産を買戻す旨の意思表示をしたことが認められる。

二  そこで、抗弁につき判断する。

ある契約が仮登記担保契約に当たるか否かは、その名称の如何にかかわらず仮登記担保法一条に定める四要件を充たすか否かによって定まるところ、《証拠省略》を合わせると、日本住宅公団は、住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅を大規模に供給すること等により、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的としたものであり、右目的を達成する事業の一環として住宅の分譲を行っており、そのため右住宅の譲受人の資格も日本住宅公団法施行規則二〇条により制限されていること、それ故譲受人に契約違反等の事由が生じたときも、同公団が右住宅を再取得して有資格者に再譲渡し得るために、同規則二三条で買戻特約を付すこととされていること、本件売買契約においては、同公団は右契約の締結と同時に今泉に本件不動産の所有権を移転し、かつこれを引渡すとともに昭和五四年三月二八日に(本件買戻特約付)所有権移転登記をしたこと、右契約の際割賦にわたる譲渡代金の支払を担保するため本件不動産に第一順位の抵当権の設定を受けたこと、本件買戻特約における買戻権行使の事由としては、買主が資格を偽る等の不正な行為によって本件不動産を譲り受けたとき、正当な理由がなく速やかに入居を完了しないとき、居住の用途以外の用途に供したとき、割賦金の支払をその支払期日から起算して三か月以上遅延したとき等合計一一の場合が約定されていること、これらの事由が生じたときは、右公団は催告をしないで本件売買契約を解除することもできる旨合意されており、原告が日本住宅公団を承継したことによって本件売買契約及び買戻特約には何ら変更が加えられていないことが認められ(ただし、今泉に対し所有権移転登記をしたことは、当事者間に争いがない。)、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実に基づけば、原告は今泉との間で本件不動産につき真実本件売買契約を締結して同人に本件不動産の所有権を移転し、その際住宅を供給して国民生活の安定と社会福祉の増進を図るという目的のもとに右売買契約を締結したところから、同人が買受資格を偽る等したときは同不動産を再取得するために本件買戻特約をしたものであり、今泉が割賦払いにわたる売買代金を支払わなかったときに買戻権を行使するのもこのように本件不動産を再取得すべき場合の一例に過ぎず、また買戻権を行使し得る場合には本件売買契約を解除することもできるのである。したがって、本件買戻特約は、本来売買代金債権を担保することを目的としてなされたものとはいえないから、売買代金の不払の場合に買戻権を行使し得るからといって、これによって直ちに金銭債務を担保する目的でなされたものであり、かつ、金銭債務の不履行があるときは本件不動産の所有権を原告に移転することを目的としたものと解することはできない。

以上のとおり、本件買戻特約は仮登記担保契約の要件を充たさないものであるから、被告は本件買戻特約に仮登記担保法を適用すべき根拠として縷々主張するけれども、いずれも失当として採用することができない。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるから正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大喜多啓光)

〈以下省略〉

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